誰にも伝わる情報発信に関する調査研究報告書 第5章わかりやすい情報発信の取組の提案 1. わかりやすい情報発信の取組 2. 有効性の検証 3. 本調査研究のまとめ 第4章で整理した3つの課題を踏まえ、それぞれの課題に対応した取組手法を以下に提案する。 1.わかりやすい情報発信の取組 (1)職員の取組意欲を高めるための方策 わかりやすい情報発信に取り組むためには、職員一人ひとりが取組の必要性を認識し、自主的に取り組んでいくことが大切であり、そのためには取組の動機が必要である。問題意識を持ち、取組の必要性や重要性を認識することは、取組の動機につながる。また、取組が評価されることや取組の効果を実感することは、取組意欲を高め、継続させることにつながる。 そのため、職員の取組意欲を高める方策として、次の5つの取組を提案する。 @動機付けのための職員研修を実施する ◆より多くの職員の取組意欲を高めるための職員研修 ◇外部の専門家による講演 わかりやすい情報発信の必要性や効果を伝えることができる専門家 ◇先進的な取組を行っている自治体職員の講演 他地域の取組事例や成功事例を学ぶことで、取組の可能性や効果を実感できる ◇部署ごとの研修から市町村間の共同の取組まで、様々な研修の方法 研修の単位や方法は、業務や対象、課題の特徴や共通性などから、柔軟に考える ◆具体的な技術を学ぶ職員研修 ◇具体的な方法を知ることで、すぐに取り組めるようにする ◇講義形式のほか、その場の具体的な実践で、業務の中での取組をイメージできる A周囲の共感を得るための勉強会を実施する ◆周囲の協力や理解を得るための勉強会 ◇取組の効果や課題の共有 効果や課題などの共有により、共感を得るとともに、仲間を増やす ◇過去の発信文書の見直し 過去に部署で発信した文書をみんなで見て、わかりやすいかどうかを考えることも、取り組むきっかけにつながる ◇朝礼や回覧など、既存の仕組みを活用 勉強会が開催できなくても、朝礼や回覧などで取組の効果などを伝える B部署内や庁内で取組を共有する ◆取組状況を部署内や庁内で共有するための場や仕組みの構築 ◇部署会議や全庁会議等、既存の会議等の活用 ◇各部署の取組内容や取組状況の回覧、掲示 C取組の効果を測定する ◆取組の成果や効果を実感するための継続的な測定 ◇実数として比較できるデータを継続的に記録 問い合わせ件数や申請書類の不備件数、イベント等の申込数など、実数として比較できるデータを継続的に記録し、変化を測定する D取組の評価を得る ◆定期的な住民評価の把握 ◇住民への調査による評価の把握 アンケートやグループインタビュー、モニタリングなどにより、わかりやすさ・伝わりやすさの評価を得る ◆第三者からの評価の把握 ◇UCDAアワードへの参加等による第三者評価の把握 第三者からの評価を得ることで、取組意欲も高まる コラム 担当者の気付き 【先進自治体のマニュアルへの依存はだめ?】 本報告書で紹介した先進自治体の多くは、ホームページでマニュアル等を公開しています。アンケート結果からもわかるように、各自治体が情報発信で抱える課題には共通点も多くあります。マニュアル作成にあたっては、オリジナルに拘泥せず、積極的に先進自治体を参考にすることをお勧めします。 しかしながら、言葉は時代とともに変化しており、「これで完璧」というものはありません。たゆみない改善活動が求められます。したがって、スタート時点では先行者に学びながらも、いずれは自分たちの成果もオープンにし、自治体相互の学びあいに貢献してはいかがでしょうか。 (このコラム終わり) コラム≪職員研修の例≫ ◎青森県弘前市 ・テーマ 外部講師による、伝わる情報発信の研修 ・担当部署 経営戦略部広聴広報課 ・内容 ノウハウ等の講義の後、広報文や通知文等の書き換え作業 ・対象 全部署の広報担当者(各部署1名は参加必須) ・取組効果 広報分野や観光分野を中心に取組が広がっている ◎神奈川県横浜市 ・テーマ 「やさしい日本語」で伝えるための実務研修 ・担当部署 市民局広報相談サービス部広報課 ・内容 「やさしい日本語」で発信する必要性や、発信する際のポイント等の講義の後、同市の行政文書を題材に外国人ボランティアと共に書 き換えを実践。情報の取捨選択を行い簡潔にまとめることや、文章表現の工夫を行う作業などで、「やさしい日本語」の使い方や、相 手の立場に立った情報発信の仕方を学んでいる ・対象 全部署、責任者向け研修と担当者向け研修 ・取組効果 具体的な情報発信の仕方を学ぶことができ、組織の中で「やさしい日本語」に対する理解が進み始めている ◎栃木県宇都宮市 ・テーマ 「やさしい日本語」の実践研修(文書作成・窓口対応) ・担当部署 市民まちづくり部国際交流プラザ ・対象 全部署の窓口担当者や事務担当者 業務において必要性を感じる意欲の高い人や教育委員会職員が多い ・取組効果 実践的な取組手法を学ぶことにより、業務の中で実践する部署が広まりつつある ◎香川県高松市 ・テーマ 「文書のユニバーサルデザイン」に関する研修 ・担当部署 市民政策局政策課ユニバーサルデザイン推進室 ・内容 ユニバーサルデザインの考え方やノウハウの共有 ・頻度 年1回 ・対象 全部署 ・取組効果 各部署でユニバーサルデザイン化に向けた取組が広がっている ◎大阪府堺市 ・テーマ やさしい日本語の有効性と意義及び使い方の実践に関する研修 ・担当部署 文化観光局国際部国際課 ・内容 講義形式と実践形式で行う。実践では、実際に日本語があまりわからない外国人を対象に文書を書いたり、窓口業務における説明をしたりして、どの程度伝わるか、どうすればもっと伝わるか等を話し合う ・頻度 年1回 ・対象 全職員のうち希望者(50から60名) ・取組効果 全庁的に「やさしい日本語」の存在やその重要性が認識され、各部署において積極的に導入し始めている (コラム終わり) (2)読み手の立場に立った文書を作成するための方策 わかりやすい文書を作成するには、書き手の伝えたいことを一方的に表現するのではなく、読み手が理解できる表現を心がけることが大切である。理解しやすいかどうかを判断するためには、具体的な読み手を想定することが必要となる。また、一定の基準や方針にそった文書を作成することで、文書のばらつきを抑えることができる。 読み手の立場に立った文書を作成するための方策として、次の3つの取組を提案する。 @具体的な読み手を想定して文書を作成する ◆情報を確実に伝えたい人を具体的に考える ◇より情報を届ける必要がある人を想定 「高齢者」ではなく「一人暮らしの高齢者」、「子育て中の親」ではなく「初めて 子どもを育てる父親・母親」など、より情報を届ける必要がある人を具体的に想定する ◇情報を受け取ることが困難な人を想定 読み手を絞るのが困難な場合は、情報を受け取ることが困難な人を想定する ◇家族や知り合いを想定 ◆想定した読み手がどのような情報を必要としているのかを考える ◇読み手がどんな状況でこの書類を読むかを想像する ◇読み手の目線で文書を書く ◇読み手が文書を読み、どう考え、どう行動するかを考える A一定の基準や方針に沿って文書を作成する ◆情報の重要度(優先度)を考え、記載する情報を絞り込む ◇読み手にとって必要性の低い情報を削る ◇具体的に、文書の量を制限する ◇重要な(優先度の高い)情報を初めに書く ◇読み手が知りたい情報を初めに書く ◇読み手が知っていることでも、その重要性に気づかせる ◆端的に伝える ◇一文をなるべく短くする ◇構造を単純にする(一文に一情報) ◇二重否定をしない ◇尊敬語・謙譲語などを使わない ◇情報の重なりをなくす ◆文章の作り方やデザインなど表現方法を見直す ◇箇条書きなどを活用する ◇付番により、思考や行動の流れを示す ◇具体的に書く ◆難しい表現を避ける ◇行政用語や専門用語はなるべく使わずに、平易な言葉に書き換える ◇行政用語等を使わざるを得ないときは、可能な限りその説明を添える ◇難しい表現を平易な表現に置き換える B読み手の立場に立って文書を見直す ◆読み手にとってわかりやすいかを確認する ◇読み手の立場で文書を読み返す ◇当事者や対象者に近い人に文書を見てもらう ◇文書を読んで実際に行動してみる コラム 担当者の気付き【目の前にいる人には…】 「やさしい日本語」を活用して情報をわかりやすく伝えようと先進的に取り組んでいる自治体でも、担当者は、庁内で理解を得ることに苦労していました。「なぜ外国人のためだけに…?」「『やさしい日本語』は難しい」という声も少なくないようです。「でも、」と担当者は続けました。「目の前にいる人に自分の話が通じていないと感じたら、何とかして話を伝えようと工夫するでしょう。それと同じことです」と。 市町村の窓口では、税や福祉などの専門用語を平易な言葉に言い換えながら、住民の方にご理解をいただけるような説明に努めることがよくあります。 通知文を送る場合、相手の姿が目に見えないので、つい送り放しになりがちです。 そこは想像力を働かせ、「目の前にいない人」は、この書き方で理解していただけるかな?と考える癖をつけると良いかもしれません。 (このコラム終わり) コラム≪具体的な基準の例≫ 文書作成の基準は、主に情報量、語彙、デザインなどの項目について定められている場合が多いが、その具体的な基準の内容については、対象や目的によって異なる。発信する情報の特性や自治体の方針などに応じて取捨選択が可能である。 ◎情報量(文書の量や一文の長さ) ・文書量はA4サイズ1枚(1 2ポイントで 1,000字程度)以内(横浜市「「やさしい日本語」による公文書書き換えの基準」) ・一文の長さは 24拍程度(1拍は平仮名1文字程度)(「減災のための『やさしい日本語』」) ・漢字の量は一文に3から4字程度(「減災のための『やさしい日本語』」) ・一つの文につき一つの内容(横浜市「「やさしい日本語」による公文書書き換えの基準」) ・一行は 45文字程度を推奨(「UCDA認証基準」) ◎語彙 ・旧日本語能力試験認定基準3級・4級を基準(「減災のための『やさしい日本語』」) ・日本語能力試験認定の目安N4(旧3級)程度、 1,500語程度を基準(横浜市「「やさしい日本語」による公文書書き換えの基準」) ・擬音語、擬態語、外来語は使わない(「減災のための『やさしい日本語』」、宇都宮市「ユニバーサルデザイン文書マニュアル」など、複数に共通) ◎デザイン(フォントや行間など) ・文字の大きさは、原則は 12ポイント、読みやすくするには 14ポイント以上(宇都宮市や高松市のユニバーサルデザイン文書の基準) ・字体は「みんなの文字」(注11)フォントを推奨。文字の大きさが6ポイント以上8ポイント以下の場合は、「みんなの文字」フォントを使用(「UCDA認証基準」) ・行間は 1.5行を推奨(「UCDA認証基準」) 注11 UCDAと(株)イワタ、(株)電通が共同で開発した書体。様々な方に読みやすいことを科学的に検証し、完成させた。小さなポイントでも見やすく、自治体や民間企業において使用事例がある。登録することで一部無料で使用できる(みんなの文字WEBフォント)。 (注終わり) (コラム終わり) (3)取組を展開するための体制を構築するための方策 わかりやすい情報発信の取組を全庁的に展開していくために、庁内の体制を整えることが大事である。推進の担当部署を明確にし推進体制を決めることは、全庁的な取組を展開しやすくすることにつながる。また、統一的な方針や基準などがあることで、各部署での取組を後押しする。そのため、取組体制を構築するための方策として、次の3つの取組を提案する。 @組織の状況等に応じた統一的な方針や基準を作る ◆基本的な方針や基準の作成 ◇全庁的な基本方針の作成 全庁的な取組の基本方針を作成し、各部署は方針に沿って、部署の状況に合わせながらわかりやすい情報発信に取り組む ◇表現方法などの基準の作成 表現方法や作成の視点などの統一的な基準を作成し、各部署は基準に沿ってわかりやすい文書を作成する ◇書き換え基準の作成 行政用語や専門用語の書き換え集を作成し、各部署は用語集に沿って文章を書き換える ◇基本方針や基準に沿いつつ、各部署の業務や状況に合わせた基準を作成する ◆方針や基準の改善 ◇方針や基準を固定化せず、要望や評価をもとに改善を重ねる ◆基準の作成方法 ◇関係部署での共同による作成 全庁的なものや組織横断的な基準の作成にあたっては、関係部署を集めて共同で作業を行う ◇先行的な取組の全庁展開 先行的に取り組んでいる部署があれば、必要に応じ改善を加え、全庁的に展開させる A庁内に展開していくための庁内研修を行う ◆方針や基準を定着させるための全庁を対象とした継続的な研修 ◇既存の研修の活用 新たに研修等を実施するのではなく、新人研修や主任研修など、既存の研修を活用する ◆方針や基準を共有するための仕組みの構築 ◇いつでも閲覧や内容確認ができる体制 各部署への配布や、庁内の共有システムなどを活用し、いつでも閲覧や確認ができる体制を整える B取組の庁内推進体制を整える ◆担当部署を設置する ◇わかりやすい情報発信に取り組む自治体であることを明確にする ◇方針や基準作りの中心的な役割を担う ◇取組を推進するための庁内会議等を運営する ◆庁内全体で推進する仕組みをつくる ◇部課長の庁内検討会議等を設置する ◇庁内各部署に推進のための担当者を置く コラム≪取組体制について≫ ◎自治体によって異なる担当部署 本調査で先進事例調査としてヒアリングした自治体は5市であるが、管轄担当部署はそれぞれ異なっている。 ・弘前市:経営戦略部広報広聴課 ・宇都宮市:市民まちづくり部部国際交流プラザ、保健福祉部福祉総務課 ・横浜市:市民局広報相談サービス部広報課 ・堺市:文化観光局国際部国際課 ・高松市:市民政策局ユニバーサルデザイン推進室 ◎共通点 少ない事例ながら類型化を試みると、首長の強いリーダーシップのもと、トップダウンで行われる場合は企画担当が管轄となり、草の根的な運動として広がる場合は、広報や外国人対応を担当する部署が中心となって、ボトムアップでスタートするケースに分けられる。もうひとつの共通点は、対象業務を当該担当課内にとどめることなく、マニュアルづくりや研修等を通じて、他部署まで周知・啓発を広げようとする動きに発展している点である。 ◎トップダウン、ボトムアップのメリットとデメリット ボトムアップは、現場から始められるためスタートが早い一方、行政の縦割を乗り越えて、全庁的に普及するのが難しい側面がある。一方、トップダウンは、首長の強いリーダーシップで進むため、決断が早く全庁的な取組の実施や研修への全職員参加などができる半面、トップが代われば方針も変わる恐れがあり、持続性に不安が残る。 図表5−1 トップダウンとボトムアップのメリット・デメリット トップダウン メリット ・組織の決断がはやい ・強制力を持って取組を進めることができる デメリット ・トップが交代すると継続性が失われる恐れがある ・自発的な取組でないため、定着しにくい ボトムアップ メリット ・有志が集まればすぐにスタートできる ・意欲があるため、職員が異動しても異動先の部署で取り組み続けることができる デメリット ・普及にあたり行政分野ごとの組織の縦割を打破するのが難しい ・合意形成に時間がかかる このように、ボトムアップ、トップダウンには、ともにメリットとデメリットがある。また庁内の普及には、どの部署が担当するかはあまり大きな問題ではない。 (この図表終わり) (このコラム終わり) コラム 担当者の気付き【ボトムアップからトップを動かす!】 わかりやすい情報発信の取組が必要だと思っていても、組織的な取組とするために声をあげることは、なかなか腰が重いものです。 組織的に取組を展開するには、トップダウンで強制的なほうが取り組みやすいのではないかと考えていました。しかし、先進的な自治体をみると、トップダウンでスタートしたところもあれば、ボトムアップでスタートしたところもありました。ヒアリングでは「トップダウンのほうが取り組みやすい」という声もあれば、「ボトムアップでないと続かない」という声もあり、どちらの取組も一長一短であると感じました。 図表5−1で整理したトップダウンとボトムアップのメリット・デメリットは、相互補完関係にあるようです。トップダウンの取組はボトムアップのデメリットを解消することができ、ボトムアップの取組はトップダウンのデメリットを解消することができます。また、トップダウンがきっかけであっても、担当者が草の根的な運動を展開することで仮にトップが代わっても取組を持続することができますし、ボトムアップからスタートしても、あとからトップダウンでルールに強制力を持たせる方法も考えられます。 職員が首長へ直接働きかけることは難しいかもしれませんが、草の根的な取組をスタートすることで、トップにつながり、組織的な取組へと展開できるかもしれません。 「大きな取組にできないからだめだ」と諦めるのではなく、できるところからコツコツと始めてみてはいかがでしょうか。 (コラム終わり) 2.有効性の検証 本調査研究の取組手法の有効性を検証するために、自治体職員へのワークショップ及び住民へのグループインタビューを行った。自治体職員へのワークショップでは、本調査研究の成果が、自治体職員の取組意欲を高め、実践に結び付くかを検証した。また住民へのグループインタビューでは、本調査研究で提示した取組の方策が、住民にとってわかりやすい情報発信に寄与しているのかを検証した。 (1)自治体職員に対する有効性の検証(ワークショップ) 多摩・島しょ地域市町村職員を対象に、次の内容で実施した。 ◆この調査研究の成果の提示 ◇アンケート結果や先進事例のヒアリングから得られたこと ◇わかりやすい情報発信の意義 ◇わかりやすい情報にするための文章の書き換えやデザイン ◆実践(グループワーク) ◇受け手の立場になってみる ◇文章の書き換え【図表5−2】 その結果、次の3点が検証できた。 @必要性や問題点を伝え、具体的な取組事例を示すことで、取組意欲が高まる このワークショップでは、自治体職員に対し「第2章自治体から住民への情報発信の現状」や「第3章わかりやすい情報発信に向けた研究や取組事例」に記載した内容を講演形式で伝えた。この結果、取組の必要性や重要性に気づき、取組に対して前向きな姿勢になった参加者が多かった。 ワークショップアンケートから ・伝わらなければ伝えたことにならないことに気がついた ・情報量や行間、色使いなど、住民がわかりにくいと感じている点がわかった ・先進的な取組の事例が参考になった ・相手の立場に立つことの大切さがわかった ・文書作成のポイントがわかった このように、取組の必要性を伝え、現状や問題点を整理した上で、具体的な取組事例を提示することは、職員の取組意欲向上につながることが検証できた。 A具体的な行政文書を使って実践することで、取組の方法や考え方が実感できる 具体的な申請書類や行政文書を例にわかりにくい部分を指摘し、実際に書き換える作業をグループワークで行った。この結果、これまで気づかなかった(情報の受け手になってみて気づくことができた)「わかりにくさ」に気づき、読み手の立場に立った文書を考えるようになった。具体的には、 ・行政用語や専門用語を平易な言葉に置き換え ・条件を箇条書きに整理 ・不要な情報の削除 等である。 このように、職員同士が共同で具体的な文書を使った書き換えを実践することで、読み手の立場やわかりやすさの視点などに気づきやすくなる。研修や勉強会等を通じわかりやすい文書作成の考え方や方法などを実感することで、取組意欲の向上につながることが検証できた。 B取組意欲が高まることで、周囲への波及効果が期待できる 研修を通じて、わかりやすい情報発信に取り組むことの必要性や、具体的な取組方法を実感することにより、日常業務においてすぐに取り組むことや部署内で共有することを参加者自身が整理できた。具体的には、自身の業務において「対象者の立場に立って文書を作成する」ことや、「文字数やレイアウトをわかりやすく表現する」ことなどが挙がり、また周囲に対し「研修の内容を伝える」、「研修プログラムに組み込む」などが挙がった。 このように、取組意欲の高い職員が中心となり、部署内や庁内への取組の展開が期待できることが検証できた。 図表5−2 書き換え実践作業の題材(原文と結果) 原文 【病後児保育の対象者】 病後児とは、生後6カ月から小学校第3学年までのお子さまで、病気の回復期にあり医療機関による入院加療の必要性はないが、安静の確保に配慮する必要があることから、集団保育が困難なお子さまのことです。 基調講演及び研究報告等を基に書き換えた結果 A班 【病後児とは】 病院での治療が必要なほどではないけれど集団で生活するよりも静かに休むことが必要なお子さんをいいます。 あてはまる年齢 生まれて半年から小学校3年生まで B班 【病後児保育の対象者】 次の @からBの全てに当てはまるお子さまです。 @生後6ヵ月から小学校3年生 A病気の回復中で入院が必要ない B安静が必要 C班 【「病後児保育」の対象となる方】 「病後児」とは、 [年齢]●生まれてから6ヵ月から小学3年生     ●病気の治りかけで、入院されていない     ●集団生活が難しい 上記のお子さんがいて、保育を希望する方は、ご相談ください。 D班 病後児保育の対象者は、生後6ヵ月から小学校3年生までの、病気のあと、まだ保育園・学校などに行けないお子さまです。 E班 病気の治りかけで安静が必要である、生後6ヵ月から小学校3年生までのお子さまです。 (図表終わり) コラム 担当者の気付き【理想は「取り組むことは当たり前」】 今回のワークショップの参加者アンケートでは、参加者 29名全員に、「参考になった」もしくは「やや参考になった」とお答えいただくことができました。研修で取り組む意義や方策をお伝えすることの有効性を確認することができた一方、思い出したのはヒアリングで伺った先進自治体の担当者の方のお話でした。 ヒアリングではこのような点が素晴らしいのでぜひ参考にしたい、とお伝えしても、「これは各職員が当たり前のように行っていることなので、特別なことではない」という反応でした。 この先進自治体のように、各職員がわかりやすさに配慮することの意義やその方策は当たり前の知識となることが理想なのでしょう。今回ワークショップで実施したような研修を地道に繰り返すことで、多摩・島しょ地域自治体の当たり前になる日が来ると考えています。 (コラム終わり) (2)住民に対する有効性の検証(グループインタビュー) 乳幼児から小学生の子どもを育てている多摩地域住民6名に、次のことを聞いた。 ◆自治体から受け取る情報について普段から感じていること ◆ワークショップにおける書き換え実践の文章(書き換え前・後)を見て感じること その結果、次の3点が検証できた。 @読み手の立場で文書を作成することが重要 住民へのグループインタビューでは、子育て世帯の女性に対し、自治体が情報発信の際に何を心がけてほしいかについて質問した。その結果、「当事者の視点で文書を作成してほしい」、「初めての子育て中だったり 10歳代で子育てしていたりなど、慣れていない人を対象に文書を作成してほしい」などの指摘があがった。また、「子育て中は落ち着いて文書を読む時間的精神的余裕がないことを理解してほしい」、「そんなあわただしい状況の中では、自分がこのサービスを使えるのかどうか、どの順に何をすればいいのかを簡潔に伝えてもらえると助かる」との意見も挙がった。 これは読み手の立場に立って文書を作成してほしいということであり、その読み手は具体的に想定すべきであることを指摘している。このことは、提案の内容にも盛り込まれている。 このように、読み手の立場で文書を作成することの重要性が検証された。 A受け手の立場に立ったことにより、わかりにくい部分に気がついた また、自治体職員のワークショップでの題材原文を提示し、わかりにくい部分を指摘してもらった。書き換え前の文章では、住民と自治体職員とで、指摘部分に共通点が見られた。具体的には、住民側からは「言葉の定義がわかりにくい」、「対象がわかりにくい」などの指摘があったが、自治体職員もそのことに気づき書き換えを行っていた。 このように、わかりにくい要素や書き換えるべき視点について、職員と住民の意識は共通しており、取組の有効性が検証できた。 B住民にとってわかりやすい文書に書き換えることができた さらに、実際に書き換えた後の文章は、概ねわかりやすくなったと評価された。具体的には、箇条書きや用語の書き換えに効果があったようである。箇条書きにさらに番号が振られていると確認しやすい、曖昧な表現でなく断言されているほうが安心できる、などの意見があった。しかし、書き換え後の言葉について新たな視点での指摘もあった。解釈が複数ありうる表現(「集団生活がむずかしい」…性格的な問題で難しいという意味か、「入院されていない」…入院できないという意味か、など)への指摘である。書き換えに際しては、入念な検討が必要ということであろう。 このように、課題は残ったものの、ワークショップでの書き換えの結果についても住民から良い評価を得られ、この面でも、取組の有効性が検証できた。 コラム 担当者の気付き【住民は日常的に小さな不満を抱えている?】 グループインタビューでは、「行政からの情報発信について」と題し、子育て支援カフェを通じて参加者を募りました。6名程度の募集でしたが数日のうちに集まり、当日も開始直後の自己紹介から、活発な意見交換が行われました。日頃育児や家事で余裕がない中、行政から分かりにくい通知が来ることに対し、不満や要望を抱いていることが感じられました。役所での日常業務において、「情報がわかりにくい」という意見を頂戴することはほとんどありませんでしたが、行政に伝えるまででもないものの、不満を感じている住民が多いのでは、と再確認することができました。 (コラム終わり) 3.本調査研究のまとめ ◆わかりやすい情報発信に取り組む理由 自治体から住民に向けて発信する情報は、正確性や公平性に加え、確実に伝わり理解や行動に結びつくことが必要である。この「確実な伝達」のためには、表現のわかりやすさが重要となる。ただ、わかりやすく情報を発信することと、情報を正確に伝えることの両立は難しい。正確性や公平性を追求すると、情報量が増え法律用語や専門用語が多くなりがちで、わかりやすく表現しにくい。逆に、わかりやすい表現を心がけると、伝えるべき情報が正確に伝わらず、誤解を生じさせるのではないか、その結果苦情が多くなるのではないか、という懸念がある。しかし、発信した情報は、受け手が理解できなければ伝えたことにならない。自治体は、住民の信頼を得るためにも、選ばれる自治体になるためにも、情報をわかりやすく確実に伝えることが求められる。 そのような中、災害時の緊急情報の発信や外国人住民への情報提供という場面でのわかりやすさへの要請から、全国各地でわかりやすい情報発信の取組が広がっている。また、広報や福祉、税などの分野において、住民からの苦情や問い合わせなどがきっかけとなり、わかりやすい情報発信に取り組む自治体があることも判明した。多様な取組の結果、苦情や問い合わせが減少し、業務の効率化につながっていることも報告されている。このことも、自治体がわかりやすい情報発信に取り組む一つの理由である。 このように、様々な観点から、自治体から住民への情報発信をわかりやすいものとすることの重要性は、増してきている。 ◆多摩・島しょ地域市町村の、わかりやすい情報発信に向けた3つの提案 多摩・島しょ地域の自治体においては、わかりやすい情報発信の必要性は認識されているものの、組織的・全庁的な取組には広がらず、担当者や部署ごとに独自に工夫している状況にあることが明らかになった。そこで、取組の現状や問題点から、わかりやすい情報発信に取り組む上での課題を3点に整理して、それぞれの課題に対応する提案を行った。 ●職員の意欲を高めるための 取組の動機づけ、周囲の共感や取組評価の獲得に向けた研修会や仕組みの構築 ●読み手の立場に立った文書を作成するための 具体的な読み手の想定や基準づくりの考え方 ●組織内での展開に向けた取組体制を構築するための 統一的な方針・基準づくり、普及体制の整備 ◆取組の考え方の要 この提案には、様々な先行研究や自治体・民間団体の先進的取組から多くのヒントを得ている。それらの研究や取組に共通して指摘されていたのは、次の2つであった。 ●「相手の立場に立つこと」の重要性 ●「情報量を減らすこと」の重要性 この2つが、わかりやすい情報発信のための“要”である。 「相手の立場に立つこと」は、一見あたりまえのようだが、最も基本的な姿勢である。技術的な基準やマニュアルには正解や完成形はなく、恒常的に見直しや更新が必要だが、根底にあるこの考え方は変わらず、常に拠りどころとなる。 次に、「情報量を減らすこと」についてであるが、これは前者に比べると技法(テクニック)の要素を含んでいる。情報をわかりやすくするための基準や技法の作成・整理は、様々に努力されている。その基盤となるのが、適切な情報量にすること、さらに言えば現状より減らすこと、である。情報量の削減を意識的に行うことによって、まず何が重要な情報であるかの確定を迫られる。そのためには、相手に本当に伝えたいことは何か、相手が本当に知りたいことは何かを考えることになる。その先に、用語や表現、デザインをどう改善するかという技法と、そのための基準が求められている。 ◆わかりやすい情報発信のための基準づくり 庁内や部署内の共通の基準やマニュアルは、わかりやすい情報発信の取組を推進していくための効果的なツールである。基準やマニュアルは、個人での取組を助け、さらに周囲に拡げ組織での取組にしていくことにもつながる。前述の2つの“要”を基本に据えつつ、自治体や業務の状況に合わせた基準やマニュアルを作成することは、わかりやすい情報発信の取組の一歩となる。一人ひとりの職員の取組に参考となるチェックリスト、組織として取り組む際に考えるべき基準の目安を整理し、次ページ以降に掲載しているので、ぜひ活用いただきたい。 ◆おわりに 各自治体において、わかりやすい情報発信に取り組む組織風土を醸成し、職員ひとりひとりがわかりやすい情報発信を心がけるとともに、自治体としての取組が広がることを願っている。その際に、この調査研究報告が参考になれば幸いである。 <表> わかりやすい情報発信のためのチェックリスト 一人ひとりの職員が取り組むために @具体的な読み手を想定する □誰に向けた文章ですか? ・読み手をなるべく具体的に想定する 例えば、「高齢者」⇒「一人暮らしの高齢者」、「子育て中の親」⇒「初めて子どもを育てる父親・母親」など ・身近な人を思い浮かべるとより想定しやすい ・「広く一般的にすべての住民に届けたい」場合であっても、より具体的な人を想定する 例えば、より情報を届ける必要がある人、情報を受け取りにくい人など □読み手の目線になっていますか? ・受け取った人が読むときの状況を考える ・受け取った人が読むときに必要とする支援を考える ・その文章は、自分や家族が読んだ時、疑問なく理解でき、行動することができるかを考える A必要な情報を精査する □読み手は何を必要としていますか? ・読み手が初めに知りたいことは何かを考える ・読み手が最も知りたいことは何かを考える ・自分が伝えたいことよりも、読み手が知りたいことを先に書く □読み手は何をしようとしていますか、何をしてほしいですか ・読み手の自然な思考の流れに合わせた順序で書く ・読み手がとるであろう、またはとってほしい行動に合わせた順序で書く □詳細な情報が必要ですか? ・伝えたいことの優先度を整理する ・読み手にとって必要のない情報は記載しない 例えば、制度の目的や全体の説明が、読み手にどの程度必要な情報か考える また、根拠となる法律や条例などは読み手に必要な情報かどうか考える ・読み手のすべての人が、詳細な情報を必要としている訳ではない。記載する情報を精査する 例えば、詳細な情報を知りたい人には、公式ホームページなどを準備し誘導する B表現方法を再確認する □複雑な文章になっていませんか? ・一文を短くする ・一文には一つの内容(情報 ) ・二重否定を使わない ・不必要な語や繰り返しの表現はやめる 例えば「または」「および」などは「や」「と」「句読点」などに置き換える □もっとわかりやすくする方法がありませんか? ・箇条書きなどを活用する ・番号を付けて、思考や行動の流れを示す ・文章では伝わりにくいものは、図・表を活用する(ただし、視覚障害者への配慮を忘れずに ) ・具体例や見本などを示す ・尊敬語や謙譲語を使わず、丁寧語のみを使用する □難しい用語を使っていませんか? ・ふりがなを振る。 ・行政用語や専門用語は平易な言葉に置き換える ・制度上の用語などそのままの使用が必要な場合は、平易な言葉で別に説明する ・カタカナ語・外来語は、できる限り日本語で言い換える ・日本の文化を理解していなくても意味が分かる単語か考える ・辞書で引きやすい単語に言い換えられないか考える □見た目が読みづらくなっていませんか? ・読み手の状況に応じて、文字の大きさを変える ・行間は適度に空ける ・字体(フォント )の種類を工夫する ・複数の色を使用している場合、白黒で印刷しても識別できるか確認する C読み手の立場に立って文章を見直す □すぐにわかる文書になっていますか? ・読み手の立場(気持ち)で文書を読み返す ・文書を読んで、実際に行動してみる。 □独りよがりの文書になっていませんか? ・職場の同僚や上司に読んでもらう ・文章に沿って自分で行動してみる ・当事者や対象者に近い人に読んでもらい、実際に行動してもらう (チェックリストの表終わり) コラム 担当者の気付き【情報の量を減らすことが大事!その2 地図】 情報量を減らすとわかりやすくなる、という実例として、少し観点は異なりますが、地図が挙げられます。 あらゆる情報が書き込まれている地図は、大変役に立つ、あるいはどうしても必要な場面があります。しかし一方で、概略図のほうがわかりやすく、行きたい場所にたどり着きやすい、ということも経験します。私たちは、自然に、場面に応じてそれらを使い分けているのです。 文書を作る場合は、概略図に近いものをイメージすると良いように思います。 (コラム終わり) <表> 組織としての取組における基準の目安 @部署として取り組むための姿勢 □マニュアルではなく、考え方の基準を作る □正解も唯一絶対の方法もないので、基準に縛られることなく常に見直す姿勢を持つ □情報の精査を通して業務への理解を深められるという利点があることを理解する A読み手の想定のために □部署内で共有できる読み手をいくつか設定する □部署の業務に合った読み手を想定する B情報の精査のために □読み手が求めているもの、読み手にしてほしいことを確認する □最も伝えたいこと、その次に伝えたいこと、など情報の順位付けをする □できれば用紙の大きさや枚数などを制限し、情報量を多くしない方法を採る C文章表現やデザインなどの取組のために □ 想定した読み手に合わせて、重視すべき点を選ぶ (一文には一つの内容、箇条書き、文字の大きさと行間、などから) □専門用語の扱いについては、その部署での基準を作る D読み手の立場での見直しのために □見直すための方法を決めておく (目安の表 終わり) コラム 担当者の気付き【最も大切な考え方を身に付けるために】 情報をわかりやすく、誰にでも伝わるような表現にするには、ある程度の標準的な技術があるのではないかと考えて、調査を始めました。先進的な取組では、 やはり、基準を作るなど、わかりやすく書き換えるための技術的な要点を整理していました。しかし、調査を進めれば進めるほど、技術以上に大切なのは相手の立場に立つという考え方だということに収斂していきました。 この報告書で、わかりやすく情報発信する具体的な方法を提示していない理由(言い訳)は、そこにあります。 しかし、例えば「やさしい日本語」のような具体的な取組をする中で相手の立場に立つことを習慣づけると、その考え方を身につけることができます。 それは、文書作り以外の場面でも、発揮されていくことになるでしょう。 (コラム終わり)