誰にも伝わる情報発信に関する調査研究報告書 第3章わかりやすい情報発信に向けた研究や取組事例 1. 減災のための「やさしい日本語」 2. 公文書の書き換えを行う「やさしい日本語」 3. 情報のユニバーサルデザイン 4. 多くの取組に共通する要素 第3章では、第2章で整理した多摩・島しょ地域の市町村が情報発信を行う上で抱えている問題点に対し、解決策を考える上で参考となる先行研究や取組を整理する。なかでも、公的文書の作成を念頭におき、減災のための「やさしい日本語」と多言語対応の一つとしての「やさしい日本語」及び情報のユニバーサルデザインに注目し、文字情報をわかりやすく伝えるためのノウハウや、先行して取り組んでいる自治体等の事例について紹介する。 1.減災のための「やさしい日本語」 (1)取組の背景と経緯 1995年に発生した阪神・淡路大震災では、日本人だけでなく日本に暮らす多くの外国人も被災者となった。中でも、日本語を中心とした災害に関する情報をうまく取得できなかった外国人は、一層不自由な状況を強いられる等、二重三重にも被災する結果となった。 外国人に対する情報発信は、理想をいえば、それぞれの人が母語とする言語を用いた多言語による情報発信が望ましい。しかし、全ての言語を網羅することは不可能であり、時間的余裕も人的余裕もない災害発生時においてはなおさらである。 そこで、発災時に全ての言語に対応する代わりに、普通の日本語よりも平易で、外国人でもわかりやすい日本語である「やさしい日本語」を用いて情報発信する取組が、弘前大学人文学部社会言語学研究室の佐藤和之教授らを中心に始まった。【図表3−1】 図表3−1 「やさしい日本語」書き換え例 【普通の日本語】 けさ7時 21分頃、東北地方を中心に広い範囲で強い地震がありました。 大きな地震のあとには必ず余震があります。 引き続き厳重に注意してください。 【「やさしい日本語」】 今日 朝 7時 21分、 東北地方で 大きい 地震が ありました。 大きい 地震の あとには 余震 あとから くる 地震が あります。 気をつけて ください。 (この図表終わり) 出典:弘前大学社会言語学研究室『「やさしい日本語」作成のためのガイドライン(増補版)』、 2013年3月 <http://human.cc.hirosaki-u.ac.jp/kokugo/ej-gaidorain.pdf> 2017年1月10日確認 (出典終わり) この背景としては、特に次の3点が重要である。 はじめの2点は、「日本語で発信する」ということについてである。まず1点目として、外国人向けの情報発信といえばまず英語が思い浮ぶが、その限界に目を向ける必要がある。国立国語研究所が外国人に対して実施した「生活のための日本語」調査結果の速報(注4)によれば、日常において困らない言語は、「英語」が 36.2%であるのに対し、「日本語」は 61.7%と上回っているのである。ただし当該調査は、国際交流協会や日本語教育関係者を通じて実施したため、一定の日本語教育を受けた者が回答者であることを考慮する必要がある。 2点目は、「やさしい日本語」による情報発信は、外国人だけでなく日本人にもわかりやすいということである。これは情報を受信する側にとってだけでなく、発信する側にとってのメリットでもある。迅速な情報発信が求められる災害時においては特に、翻訳という作業を経ずに情報発信できることは有意義である。発信情報の内容確認が容易であることも、素早い情報発信に寄与する。 3点目が、外国人にわかりやすいということの意義についてである。外国人は、前述のように災害発生時の情報不足から重大な被災状態に置かれるため、配慮が必要であると考えられている(注5)。しかし、十分な情報提供を受ければ、外国人は自分で避難することができ、さらには支援する側に回ることができる可能性が高い。居住または滞在する外国人が少なく、個別に外国人向け対応を行うことが難しい場合にはなおさら、このような方法を用いて外国人に必要な情報をわかりやすく伝えることが、より有効となる。 注4 国立国語研究所『「生活のための日本語:全国調査」結果報告<速報版>』、2009年5月 <https://www.ninjal.ac.jp/archives/nihongo-syllabus/research/pdf/seika_sokuhou.pdf> 2017年1月13日確認 注5 内閣府『災害時要援護者の避難支援ガイドライン』(2006(平成18)年3月)では、「災害時要援護者」として高齢者、障害者、外国人、乳幼児、妊婦等を想定していた。 (注終わり) (2)減災のための「やさしい日本語」研究の内容 この研究では、災害発生時に伝えるべき情報を、時間軸に沿って次の4つに整理した。 @発災直後に伝えるべき(被災者が知りたい)情報 A平静を取り戻した頃(約 12時間後)に伝えるべき(被災者が知りたい)情報 B日常の生活に戻ろうとし始めた頃(約 48時間後)に伝えるべき(被災者が知りたい)情報 C復旧支援の準備が整った頃(72時間後)に伝えるべき(被災者が知りたい)情報 減災のための「やさしい日本語」は、このうち@からBまでを対象としている。Cの行政や救援団体などの支援が整う前に、適切な情報提供を実施することで、被災者の精神的な負担を軽減することができる。特に外国人の場合、地震の経験を持たないことが多いため、初期段階での情報提供はより重要となる。 「やさしい日本語」で文章を作るために、この研究では 12の規則が示された【図表3−2】。また、使用する語彙はおよそ 2,000語である。日本語能力試験出題基準3級若しくは4級(最も初級)程度(注6)の日本語能力が想定されている。この水準の日本語を用いると、日本語の学習歴が半年から2年程度の外国人であれば理解度は90%台になると言われている。通常の日本語では30%台であったことに比べると、効果が大きい。このことは、検証実験により確認されている。さらに、同時に行われた、日本語を母語とする小学生(低学年)を被験者とした実験により、外国人のみならず、子どもにとっても有効な情報提供手段であることが確認された。 注6 1から4級は、2009年まで実施されていた旧試験の基準である。2010年からの新試験での基準はN1からN5の5段階とされた。4級は新試験N5、3級はN4相当。 (注終わり) 図表3−2 減災のための「やさしい日本語」 12の規則 @難しいことばを避け、簡単な語を使ってください A1文を短くして文の構造を簡単にします。文は分かち書きにしてことばのまとまりを認識しやすくしてください B災害時によく使われることば、知っておいた方がよいと思われることばはそのまま使ってください Cカタカナ・外来語はなるべく使わないでください Dローマ字は使わないでください E擬態語や擬音語は使わないでください F使用する漢字や、漢字の使用量に注意してください。すべての漢字にルビ(ふりがな)を振ってください G時間や年月日を外国人にも伝わる表記にしてください H動詞を名詞化したものはわかりにくいので、できるだけ動詞文にしてください Iあいまいな表現は避けてください J二重否定の表現は避けてください K文末表現はなるべく統一するようにしてください (この図表終わり) 出典:弘前大学人文学部社会言語学研究室『減災のための「やさしい日本語」ホームページ』 <http://human.cc.hirosaki-u.ac.jp/kokugo/EJ9tsukurikata.ujie.htm>2017年1月10日確認 (出典終わり) 誰もが簡単に減災のための「やさしい日本語」で情報を作れるように、弘前大学社会言語学研究室のホームページでは、作成したガイドラインや語彙集、案文集、Eラーニング版教材等を公開している。また「やんしす(YAsashii Nihongo SIen System)」【図表3−3】というソフトウェアも開発され、ダウンロードできるほか、日本語教育へのインターネット活用を提言しているグループ(東京国際大学・川村よし子代表)が開発した「リーディング・チュウ太」という語彙の難易度判定システムにもリンクが貼られ利用できる【図表3−4】。 図表3−3 やんしす(YAsashii Nihongo SIen System) <画像:ホームページ画面> 出典:<http://www.spcom.ecei.tohoku.ac.jp/~aito/YANSIS/> 2017年1月16日確認 (この図表、出典終わり) 図表3−4 日本語読解学習支援システム「リーディング・チュウ太」 <画像:ホームページ画面> 出典:<http://language.tiu.ac.jp/> 2017年1月10日確認 (この図表、出典終わり) さらに、災害時に重要となる放送による情報発信、掲示物等による情報発信についての研究も行われ、放送読み上げ案文やポスター案が提示されている。 被災者は、災害発生直後には特に、テレビやラジオに情報を求める。しかし緊急時において刻々と変化する状況を伝えるマスメディアが、いわゆる情報弱者に十分に配慮することは現実には難しい。そこで佐藤教授らは、アナウンスする人が、情報弱者を含めた被災者に対してわかりやすく情報を伝え、適切な行動を促せるよう、アナウンスのための案文を時間軸に沿って用意している【図表3−5】。放送用に用意した案文は 560文あり、1分あたりひらがなだけで書いて 360文字読むスピートを奨励している通常のニュースより、1.3倍ほど時間をかけて読むようにした。 これらによる特に災害発生初期の的確な情報提供は、二次災害を予防する意味でも重要である。またこうした音声による情報は、外国人のみならず視覚障害者にとっても有効である。 図表3−5 災害発生時の放送用案文(抜粋) @これからも大きい地震が 続くかもしれません(災害発生から0から2分) A弘前市の お知らせを 信じて ください(20から60分) Bラジオで 外国語のニュースがあります(60から 180分) 出典:佐藤和之「災害時の言語表現を考える.やさしい日本語・言語研究者たちの災害研究」、『日本語学 特集:伝え方の諸相』2004年 (この図表、出典終わり) また、掲示物や配布物などの表現については、前述「12の規則」に加え、さらに視覚的効 果のためのルールを定めている【図表3−6】。 このような書き言葉による情報は、音声による情報と異なり、繰り返し読んだり、遡って確認したりすることができるため、災害時には有効な情報伝達手段【図表3−7】となる。従って、わかりやすさへの配慮はここでも重要である。 図表3−6 掲示物など文字媒体に使用する表現方法の留意点 @見出し語は目をひくように大きく太めに書く。見出し語だけは多言語化することもある。 A見出し語は「あいています」や「もらえます」といった動作を指示する表現にする。 B絵や地図などの視覚情報を多用する。 Cただし、絵は様々な意味をもってしまい、誤解を生ずることもある。そのようなときは、意味を限定するために語を図中に書きこむようにする。 D絵や地図は、重要な要素だけを太めの線で大きく描く。詳細なものは情報が煩雑になり逆に肝心な情報の理解を妨げる。 E1枚の掲示物で伝える情報は一つとする。 F文字は漢字と仮名にし、ローマ字は使わない。 G文は分かち書きにする。 H漢字を使うときは、すべての漢字にひらがなでルビを振る。 出典:佐藤和之「災害時の言語表現を考える.やさしい日本語・言語研究者たちの災害研究」、『日本語学 特集:伝え方の諸相』2004年 (この図表、出典終わり) 図表3−7 電話を使えることを知らせる例 <画像:電話受話機のイラストと、日本語・英語・ハングル・スペイン語で「注意」の表示、大きな文字で「使うことが できます」の表示など)> 出典:弘前大学人文学部社会言語学研究室『減災のための「やさしい日本語」ホームページ』 <http://human.cc.hirosaki-u.ac.jp/kokugo/EJ13poster-mokuji.htm>2017年1月16日確認 (この図表、出典終わり) このような災害に備えた「やさしい日本語」であるが、情報を発信する側が日常的に訓練しておかなければ、いざという時に使うことができない。そればかりか、情報を受ける側である外国人等も、日ごろから減災のための「やさしい日本語」を通じた情報に接していなければ、どこで情報が得られるのかわからない。したがって、非常時にすぐ使えるためには、情報を発信する側と受ける側の両方が、平常時から減災のための「やさしい日本語」に慣れ親しんでおく必要がある。 そこで弘前大学社会言語学研究室では、災害発生直後の情報伝達をさらに進め、生活情報をわかりやすく言い換えて伝えるための用字用語辞典を2016(平成28)年3月に作成した(「カテゴリU」)。災害発生から 72時間以内の情報であれば約 2,000語で足りたが、確定申告の手続きのような情報なども表現できるようにしたこの辞書には、約 6,800語が納められている。 なお、「やさしい日本語」に慣れるという意味には、情報を発信する側が「やさしい日本語」を用いた表現で伝えられるようになるということだけでなく、これを日本語の乱れなどと指摘せず、外国人住民のためにやさしく言い換えた表現であることを、日頃から理解してもらうということも含んでいる。 (3)自治体等の取組 全国で、この「やさしい日本語」の趣旨に賛同し、災害時のみならず日常業務においても有効と捉える自治体や団体が出てきた。既に、「やさしい日本語」による情報発信体制を整える活動は、自治体職員相互の教え合い・学び合いを通じ、草の根的に全国的な広がりをみせている。 一方、各地の国際交流協会や障害者支援団体においても、同じように趣旨が理解され、取り入れられるようになった。研究チームの意図を超え、外国人以外、防災分野以外への応用が、各地で行われている。これらの取組は弘前大学社会言語学研究室ホームページにも紹介されているが、ここではヒアリングを実施した3例について述べる。 @青森県弘前市 弘前市は、一部の市内標識に減災のための「やさしい日本語」を採用している【図表3−8】。防災分野だけにとどまらず、広聴広報課が中心となって、外国人観光客や要配慮者に向けた情報発信にも活用を拡大している。 弘前市は「情報を外に出さない部署はない」という認識のもと、基本となるコンセプトは減災のための「やさしい日本語」を踏襲しつつ、外部講師を招いて研修を開催し、職員の広報力・広聴力のレベルアップを図っている。 こうした取組は着実に成果を生み、職員が文字の大きさひとつにもこだわりながら制作した広報誌は、県の広報コンクールで 2015から2017年と3年連続で特選(広報紙部門・総合の部)を受賞している。 図表3−8 弘前市内の標識 (「やさしい日本語」で「逃げるところ」と表記) <画像:避難場所を指し示す看板の写真。イラストや矢印、「観光客避難場所(逃げるところ)」等の表示> 撮影地:弘前市内 (この図表終わり) A大阪府堺市 東日本大震災が発生した際に、NPO法人多文化共生マネージャー全国協議会は「やさしい日本語」を含めた多言語による迅速な支援を行った。堺市はその効果に注目し、文化観光局国際部国際課が中心となって「やさしい日本語」の取組を始め、外国人等のより多くの地域住民にわかりやすく情報を発信する方法として「やさしい日本語」を取り入れることを目指し、ホームページへの導入や研修を通じ窓口業務への浸透を図った。 その結果、外国人への情報発信ややり取りの有無にかかわらず全庁的に「やさしい日本語」の存在やその重要性への認識が広がり、障害者が多く利用する施設の案内や窓口での活用、多様な部署での外国人来庁者への説明等への活用など、各部署でも積極的に導入され始めた。 例えば上下水道局では、この研修を受講した広報担当者が局内研修で広め、災害情報や水道事故(漏水等)のような緊急情報、水道の開閉栓のような最低限知ってほしい情報などの発信を「やさしい日本語」でも行い、より分かりやすい周知に努めている。 また、取組を通じて、「やさしい日本語」での情報発信は、外国人だけでなく小学生や行政の文書や用語に慣れていない人など、より多くの人に有効であるとの実感が生まれている。情報を受け取る側のことを考え、たとえ相手が日本人でもうまく伝わっていなければ「やさしい日本語」で言いかえてみる、等の姿勢を身につければ、「やさしい日本語」は対象者を限定せず有効だと考えられている。 B(社福)大阪市手をつなぐ育成会 大阪市手をつなぐ育成会は、知的障害者の支援団体である。 この会では、「やさしい日本語」による文章の作り方が、知的障害者に情報をわかりやすく伝える場面でも有効であると、利用者や保護者から共感を得ている。日本語をどう噛み砕いていくかという考え方や、二重否定やあいまいな表現を避ける、文末表現を統一する等の文章の作成ルールが、大変参考になっているという。大阪市手をつなぐ育成会では職員への研修を実施し、知的障害者に向けた情報提供を行う際に「やさしい日本語」を活用している。例えば、知的障害者に対して選挙のしかたを説明する際、「やさしい日本語」で説明した資料を作成している【図表3−9】。 図表3−9知的障害者に向けた選挙についての説明資料 <画像:投票の仕方についてのイラスト入り説明書。説明文は短文で、ふりがなが振られている> 提供:社会福祉法人大阪市手をつなぐ育成会 (この図表終わり) コラム 担当者の気付き【どんな分野でも、わかりやすさは必要】 市町村から住民に向けて発信される情報の中でも、選挙に関するものは、対象者が広範囲なもののひとつでしょう。様々な決まりごとがあり、厳密でなければならないこの分野で、文書をわかりやすい表現にしていくのは難しいことと思います。しかし、選挙権を持つ知的障害者に投票の仕方を理解してもらうことは必要です。そのために支援団体自らが工夫したのが、図表3−9です。 防災はもちろん、水道の部署も、すべての人にお知らせしなければならないことがあります。外国人や高齢者、障害者などを直接の対象とする部署だけでなく、すべての分野で、わかりやすい情報発信を心がけていく必要があることを先進的取組から確認できました。 (コラム終わり) (4)参考にできること @災害を想定した情報発信の取組 近年次々と起こる様々な災害を見ても、それに対する備えは多摩・島しょ地域の全ての市町村の共通課題といえる。その備えの一つとして情報発信の在り方を準備しておくことも、また同様である。減災のための「やさしい日本語」の取組では、各地の自治体がすぐ使用できるよう考えられたマニュアルや素材が用意されているので、各地域の状況に合わせて取り入れていくことができる。 また、わかりやすい情報発信の取組を進めるにあたり、緊急性の高さや発災時の想定を共有しておくことは、取組への動機づけや取組内容への理解につなげやすい。 A具体的な表現方法の基準の存在 わかりやすい情報発信に取り組むにあたり最初にぶつかる壁は、どのような基準に沿って表現したらよいか、という問題である。減災のための「やさしい日本語」では、文を簡単にする方法、言葉の使い方や表記の仕方などが端的に整理されている。また、視覚情報、音声情報の表現方法についても、体系的に整理されている。 これは、対象や場面を明確にしていることにより実現しているといえる。“誰に、どんなときに、どの方法で、何を伝えたいか”が明確であると、その想定に合わせた基準を作ることができる。 このことを十分に踏まえたうえで、減災のための「やさしい日本語」に示されている基準の応用により、効果的なわかりやすい情報発信のための基準づくりが可能である。 B応用の広がり 減災を目的として生まれた「やさしい日本語」が、今では防災・減災以外の分野にまで広く応用されている。また、対象者を外国人以外にも広げる取組も多くみられる。これは、減災のための「やさしい日本語」研究当初に意図したことではないかもしれないが、減災のための「やさしい日本語」の基準の明確さ、補助手段の使いやすさ、理念などについて応用可能性が高いと受け止められた結果であると考えられる。 ただし、減災のための「やさしい日本語」ですべての問題が解決されるわけではないことは付けえる必要がある。「やさしい日本語」表現の、日本人にとっての“もの足りなさ”は、緊急時だから受け入れられるという面がある。これは、減災のための「やさしい日本語」の性質上、避けることができない。即時的に活用することは有効であるが、本来はそれぞれの母語で、すなわち多言語での発信が理想的であることを忘れてはいけない。特に医療、裁判の分野など、生命・人権に関わる情報については、それぞれの母語による情報のやりとりが保障されるべきである。 コラム ≪NHK地震速報の「すぐにげて!」≫ 2016年 11月 22日早朝に発生した福島県沖を震源とする地震では、福島県、茨城県、栃木県で震度5弱を記録した。気象庁は福島県と宮城県に津波警報を出し、仙台港には1メートル 40センチの津波が来た。NHKは画面に「すぐにげて!」の文字を大きく表示するとともに、アナウンサーは強い口調で繰り返し避難を呼びかけた。 NHKは、東日本大震災を契機に 2011年 11月に規定を改正し、津波災害の危機感を視聴者により強く伝え、一人でも多くの人に逃げてもらうよう、避難を呼びかける表現を切迫感のある強い口調や命令調、断定調に改めたという(注7)。「すぐにげて!」の端的なテロップも、緊急性と伝わりやすさを勘案した結果といえよう。 (コラム終わり) 注7 参照:「津波警報・ NHKが強い口調で非難呼びかけ」、『放送研究と調査(月報)』メディアフォーカス、NHK放送文化研究所、2013年 2月 <http://www.nhk.or.jp/bunken/summary/research/focus/545.html>2017年2月15日確認 (注終わり) 2.公文書の書き換えを行う「やさしい日本語」 (1)取組の背景 減災のための「やさしい日本語」に対し、外国人の日本語学習教材や、公文書の書き換えについて研究を行っている一橋大学国際教育センターの庵功雄教授らによる取組も、もうひとつの「やさしい日本語」として知られる。 法務省の在留外国人統計(旧登録外国人統計)によると、日本在留外国人は 2016年6月末時点で約 230.7万人となっている。在留外国人統計が始まった 2012年 12月末の数は 203.4万人であるため、5年半の間に約 27万人増加した計算である。このうち約半分の国籍は中国・韓国【図表3−10】でその多くは多数は日本で生まれた二世以上といわれるが、残りは日本語以外の言語を母語とする人々である。 図表3−10 在留外国人数(上位 10カ国) <国別の在留外国人数を示す棒グラフ> 在留外国人数(人) 中国 677,571 韓国 456,917 フィリピン 237,103 ブラジル 176,284 ベトナム 175,744 ネパール 60,689 米国 53,050 台湾 50,908 ペルー 47,670 タイ 46,690 (この図表終わり) 出典:法務省『平成 28年6月末における在留外国人数について(確定値)』における『確定値公表資料』第1表<http://www.moj.go.jp/content/001204549.pdf>(2017年2月15日確認、脚注2も参照のこと)から作成 (出典終わり) 近年は多言語対応として、日本語・英語・中国語・ハングルを標準とする動き【図表3−11】が普及している。しかし、あらゆる行政情報をこれらの言語で表すには非常に費用がかかるうえに、4言語で十分かという意見もある。さらに日本在住外国人全ての母語に対応することは、一層困難を極め、多言語対応にも限界があると言わざるを得ない。従って、災害時のみならず、日常的に「やさしい日本語」を活用した情報発信が、外国人住民に適切な情報発信をする上で有効である。 図表3−11多言語対応の例 <画像:写真、トイレとベビールームを示す。日本語・英語・中国語・ハングルで表示> 撮影:羽田空港国際線ターミナルトイレ (この図表終わり) (2)「やさしい日本語」研究の内容 前述のとおり、地域に暮らす外国人も増加している中で、彼らとの共生を図るいわゆる多文化共生社会の実現と、彼ら自身の居場所づくりを保障する日本語教育が求められている。 「やさしい日本語」には、まず、定住外国人が日本で生活する上で最低限必要となる日本語能力を身につけることを公的に保障するという意味がある。定住外国人が日本社会の中で「母語で言えることを簡単な文型を使って日本語で言える」(注8)ようになるための、日本語学習に資するものである。 注8 庵功雄『やさしい日本語−多文化共生社会へ』2016年、岩波新書 (注終わり) 次に、「やさしい日本語」は、地域において住民と定住外国人の共通言語として機能することが期待される。これまでの日本では日本人並みの日本語能力を身につけた外国人だけを受け入れるという考え方が支配的であったこともあり、“外国人が ”いかに効率的に日本語力を高めるか、という観点で日本語教育は考えられてきた。これに対し「やさしい日本語」の場合は、外国人に最低限の日本語習得を求める一方で、日本人にも外国人が理解できる日本語で話したり書いたりできるように、自らの日本語を調整し、歩み寄ることを求める点に特徴がある【図表3−12】。 図表3−12地域日本語教育における「やさしい日本語」の位置づけ 日本語母語話者〈受け入れ側の日本人〉 は、コード(文法,語彙)の制限,日本語から日本語への翻訳によって、 日本語ゼロビギナー〈生活者としての外国人〉は、ミニマムの文法と語彙の習得によって、 ともに「やさしい日本語」に近づける 出典:庵功雄、岩田一成、森篤嗣「「やさしい日本語」を用いた公文書の書き換え」、『一橋大学機関リポジトリ』2011年 (この図表、出典終わり) 「やさしい日本語」のホームページでは、自分で用意した日本語の文章について「語彙」、「漢字」、「硬さ(注9)」、「長さ」、「文法」の 5項目について診断できるソフト「やさ日チェッカー」【図表3−13】を無償で公開しており、日本語を母語として使用する側も、自身の文章の難易度を確認することができる。このように、「やさしい日本語」を使おうとするとき、日本人(日本語母語話者)も自らの日本語を見直すことになるといえる。 注9 文章の硬さは、文中の名詞の親密度で測定する。 (注終わり) 図表3−13「やさ日チェッカー」 <画像:ホームページ画面> 出典:「やさしい日本語」ホームページ <http://www4414uj.sakura.ne.jp/Yasanichi1/nsindan/>2017年1月16日確認 (この図表、出典終わり) 3つ目に、地域で日本語を学ぶ外国人への教育法・教材としての役割が挙げられる。定住外国人への日本語教育は、学校における学習と地域における学習とに分けられる。本来は公的に保障されるべき学習機会であるが、実際にはボランティアによる学習機会が地域で提供されている。学校における学習の初級レベルに達するのには 300時間ほどの学習時間が必要とされるが、学校と比べ短時間で学ばざるを得ない地域の日本語学習では、より効率的な学習方法が求められる。そこでこの研究では、最低限の「ミニマム文法」を開発した。一橋大学 庵教授が提案する「ステップ1レベル」、「ステップ2レベル」と呼ぶ文法は、従来の初級文法に比べ文法項目が軽くなっている点が特徴である。 このような最低限の文法に基づく学習方法は、例えば外国にルーツをもつ子どもやろう児など、言語獲得の困難さが社会生活における自己実現の阻害要因となってしまう言語的少数者の進学・就職を助ける効果も期待できる。さらには地域で暮らす上で必要となる行政情報を入手するための公的文書が、「やさしい日本語」で書かれることにより、外国人が被る不利益は軽減すると考えられる。加えて、外国人のみならず、日本人高齢者などにとっても利益があると考えられる。こうしたいわゆる情報弱者へも平等に情報を伝えられるようにすることが、公文書の書き換え研究の目的である。 (3)公文書の書き換えへの取組 「日日ほん訳プロジェクト」と名付けられた研究では、「やさしい日本語」を媒介とした外国人と日本人のコミュニケーションを目指し、普通の日本語を「やさしい日本語」へ変換する作業を、(部分的に)機械化することを目標としている。この取組では横浜市との協働研究が重ねられている。 そもそも外国人や障害者に対する情報伝達は、対象者の状態が異なることを前提としてきたため、対応策も対象者によってそれぞれ異なると考えられてきた。しかし、伝えたい情報の中核は、対象者が異なっていても同じであるということ、また情報伝達の際は情報を一度単純なものにした後、対象者に応じて書き分けていく作業がとられるということの2点【図表3−14】は、どの対象者にも共通している。すなわち、一連の変換プロセスは、外国人や障害者向けだけでなく、広く市民にわかりやすく情報発信する際にも応用できるものである。 さらに、普通の日本語から「わかりやすい日本語」に翻訳された情報は、外国語へと翻訳する際の中間言語として位置付けることができる。 図表3−14 情報変換プロセスのイメージ 原文(難解なものを対象)⇒情報の核 ⇒各種「わかりやすい日本語」へと分化 出典:松尾慎ほか「社会参加のための情報保障と「わかりやすい日本語」」、『社会言語科学』2013年9月 (この図表、出典終わり) 公文書は災害時の情報と異なり、減災のための「やさしい日本語」よりも広く様々な状況を想定する必要がある。語彙数に関しては、災害時の用語に比べると行政用語の方が多岐にわたるため、6,000語から 10,000語(旧日本語能力試験2級から1級相当)は必要になると見込まれる。この場合は用語に対して、よりわかりやすい言葉による説明をつける必要がある。一方で、文法については減災のための「やさしい日本語」が初級と想定する日本語能力のレベルよりもさらに文法の負担を軽減することによって、書き換え基準の作成を試みている【図表3−15、図表3−16】。 図表3−15文法上の書き換え基準 @複合述部は副詞と述部に分ける (例)備蓄しておきましょう。 →前に買いましょう。 A言いさし・体言止めは述部まで明示する (例)住みよいまちを! → 住みよいまちを作りましょう! B排他文は非排他文に改める (例)18 歳未満又は65 歳以上の労働者には適用されません。 → 18 歳から64 歳までの人にあてはまります。 C長文はナンバリングや箇条書きにする D連体修飾(外の関係、非制限的連体修飾)は解体する (例)誰もが安全で快適に暮らせるまち。このための身近な組織としてご近所のつながりでできた町内会・自治会があります。→ 誰もが安全で快適に暮らせるまち。このために町内会・自治会があります。自治会は身近な組織としてご近所のつながりでできています。 出典:庵功雄、岩田一成、森篤嗣「「やさしい日本語」を用いた公文書の書き換え」、『一橋大学機関リポジトリ』2011年から作成 (この図表、出典終わり) 図表3−16 語彙の原則的な書き換え基準と方針 @固有名詞はできるだけ書き換え、元の固有名詞は()で残す A漢語やカタカナ語の長い複合語・複合名詞は積極的に分割して書き換える B語彙を開くときに文法が使える場合は文法項目を用いて書き換える C助数詞は汎用性が高いと考えられるので、おおよそ残す D接頭辞、接尾辞は辞書で引きにくいので、分割して書き換える 出典:庵功雄、岩田一成、森篤嗣「「やさしい日本語」を用いた公文書の書き換え」、『一橋大学機関リポジトリ』2011年から作成 (この図表、出典終わり) 庵教授らはこの研究を通じて多くの公文書に目を通す中で、共通する問題点を指摘している。例えば、 ◇責任の所在を明らかにしないため、意図的に断定的表現を使っていない ◇丁寧な文を心がけた結果、情報が重複している ◇内容を過不足なく伝えることに集中するため伝達内容が長く、わかりにくくなり、内容自体が不明になっている などである。これらの表現は、文章が冗長になったり、正確さを欠いたりという結果を招いている。中には敢えて意図的にこうした表現を取り入れている場合も考えられるが、情報をわかりやすく伝えるためには改めるべきである。 (4)自治体の取組 @横浜市 横浜市には、2017年1月現在でおよそ 160ヵ国から8万5千人を超える外国人が住んでいる。市の「多言語広報指針」により、外国人に対しては6言語に加えて「やさしい日本語」ですべての行政情報を発信するという基本方針はあったものの、本格的な取組には至っていなかった。また、市在住・在勤の日本語を母語としない外国出身者へのインタビュー調査では、横浜市のホームページで使用している「やさしい日本語」に対して、「わかりやすい」「役に立つ」という意見が多く聞かれた。そのような時、庵教授らの研究に接し連携する中で、取組が大きく前進した。 市の「やさしい日本語」作成基準は 2013(平成25)年度に作成された。「やさしい日本語」で伝えるための「基準」は、2016(平成28)年6月に第3版を発行している【図表3−17】。2014(平成26)年度からは、分野ごとに、行政特有の用語の説明にも取り組み、 2016(平成28)年度が最終年度にあたる。現在、書き換え用語は 392語にのぼる。なお、書き換えの対象は、横浜市が発行するすべての文書である。 また、全庁に広めるための研修も継続的に実施している。責任者向けと担当職員向けに行い、文書作成だけでなく窓口対応の内容でも行っている。この研修の中では、外国人向けだけでなく高齢者や障害者にも有効なのではないかという意見が現場職員から出てきており、取組の庁内への広がりにもつながっている。 取組を庁内に広めるにあたっては、「やさしい日本語」に正解はないという姿勢を持っている。正解があると思われると、自身の部署に戻った後の広がりを狭めてしまう可能性があると考えたためである。技術的な部分もあるのは事実だが、技術や知識を身につけることよりも、「相手の立場に立つ」、「主語を市民にする」という根底の考え方を身につけることをより重視している。これは、「やさしい日本語」の取組を通じて、発信する情報の普通の日本語をわかりやすいものにするということでもある。 また、庵教授らが取り組んでいる書き換え支援システム(日本語レベルを判定し、難しい日本語を抽出して書き換え候補を提案してくれるシステム)の開発に協力している。 2017(平成 29)年度中に運用開始予定であり、庵教授らの研究グループが、他自治体職員も使用できるよう公開する計画である。 図表3−17 横浜市発行の作成基準と概要版 <画像:「作成基準」(表紙)> <画像:「概要版」> 「やさしい日本語」で伝える  わかりやすく 伝わりやすい日本語を目指して  第3版 2016年6月 横浜市市民局広報課 「やさしい日本語」で伝えるためのポイントこれだけ! 「やさしい日本語」は日本語から機械的に翻訳できません。やさしい日本語は日本語を単純に言い換えるだけでなく、外国人住民にわかりやすく伝えることを意識して文章の構成を大きくきく見直すことも必要になります。 下記は、その際のポイントです。 ・文字量を A4サイズ1枚(12ポイントで 1000字程度が.安)以内に収める ・伝えるメッセージを絞る(例:「どんなときに.続が必要なのか」というメッセージ) ・メッセージを伝える相手は外国人住民に特定する ・読み手目線で情報を整理し、優先順位の低い情報(例:根拠法令)は削除する ・ 例が多数あるときは、最頻出の例1つから3つ程度に限定する ・メッセージの結論や.番伝えたい部分は.章の最初に書 ・金.額や時間、場所などの重要な情報は枠で囲うなどの目立つ工夫をする ・手順や長い解説などは番号をつける・対象を複数に分けるときは箇条書をする ・文書の流れを明確にする ・読み手が本文と注釈とを区別できるよう、※などを活用して書き分ける ・イラストや表を活用する(ただし、イラストは国や地域によって解釈が異なる場合があります) 場所を示すときはできるだけ地図を載せる ・ 関連した情報(例:書類名とダウンロードリンク)は同じ所にまとめて載せる ・複雑な表現はポイントを整理して書き直す ・名詞や複合名詞は文で表す(例 :水分補給 ⇒水を飲む) ・抽象的な表現はせず、具体的に書 ・文は話し言葉調の平易な表現にする ・重複は避ける ・一文につき一つの意味にする ・文を短くする ・主語は明記し、読み読み手目線で統一する(例 :〜を発行する ⇒〜をもらう) ・「類義語」は平易な一語に統一する(例:問い合わせる、相談する ⇒聞く) ・擬音語・擬態語(オノマトペ)、世間一般であまり聞かないカタカナ語は使わない ・裏面の「言葉遣いの表記のルール」にない文.法も使わない(例:二重否定) ・国により制度が大きく異なるもの(教育制度)や日本独特の文化は説明を追加する ・外国人住民に向けた工夫をする(例 :本人確認資料「在留カード、運転免許証」) ・制度の説明をするときはメリットとデメリットを簡潔に伝える ・リンクを設定するときは漢字にルビが振ってあるページ先に限定してリンクを設定する 出典:横浜市ホームページ<http://www.city.yokohama.lg.jp/lang/ej/kijun.html> 2017年1月11日確認 (この図表、出典終わり) A宇都宮市 宇都宮市の外国人住民数は、2016(平成28)年1月末日現在で約 8,100人、その内の約6割が長期滞在の資格を持ち、地域で生活している。宇都宮市国際交流プラザは、こうした外国人住民の生活全般を支援するための部署であり、同一名称の公共施設である。 宇都宮市では、これまで英語を含む5言語による情報発信にも取り組んできたが、これ以上の多言語対応には限界があった。そこで 2014(平成26)年度を開始年度とする第二次宇都宮市国際化推進計画の中で「やさしい日本語」の普及を決め、国際交流プラザが主体となり、同年度から「やさしい日本語」を使った情報発信を開始した。具体的には、外国人住民のための生活情報紙について、多言語版に加え「やさしい日本語」版を作成するといった事業に取り組んでいる。 国際交流プラザとしては、この「やさしい日本語」を活用したわかりやすい情報発信の取組を、部署内にとどまらない庁内全体のものとしたい方針であったため、関係課との検討を踏まえ、全庁の部長級で構成される行政事務改善委員会に諮った。その結果、必要性の認識が共有されたとともに、高齢者や障害者にとっても有効ではないかとの意見があり、やさしい日本語の普及が全庁的な方針として決定された。そのうえで、下記の「外国人への情報提供ガイドライン」を作成した【図表3−18】。前述の弘前大学社会言語学研究室のホームページを主に参考にしたほか、庵教授を勉強会に招くなどしながら作成が進められた。 多言語翻訳がふさわしい情報の種類と「やさしい日本語」が適しているもの等も整理し、掲載している。このガイドラインは、市役所ホームページや市職員が日常的に利用するイントラネットに掲示しており、誰でも活用することができる。 全庁対象の職員研修は、「やさしい日本語」で文章を作成する内容と、文書だけでなく窓口での会話でも活用できるような内容に分けて実施している。例えば、教育関連窓口に外国人親子が来庁した場合に、親子それぞれの日本語理解度に合わせて、難しい言葉を分かりやすく言い換えていくことが想定される。そのため、希望する窓口対応が必要な職場の職員や、外国人住民と接する機会のある職員に対し、外部講師による研修を毎年2回実施している。 また、外国人住民向け生活情報誌「おーい!」(毎月発行)の「やさしい日本語」版に、行政情報を掲載する場合には、各主管課が「やさしい日本語」で原稿を作成することとしている。 図表3−18宇都宮市の外国人向け情報提供のガイドライン <画像:「宇都宮市の外国人向け情報提供のガイドライン」(表紙)> <画像:「やさしい日本語窓口対応」> <画像:「やさしい日本語で話す3つのポイント」> <画像:「やさしい日本語の作り方(基本ルール)」> 出典:宇都宮市ホームページ<http://www.city.utsunomiya.tochigi.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/007/505/yasasii.pdf>2017年1月11日確認 (この図表、出典終わり) (5)参考にできること @対象者や対象分野の広がり 最初は外国人に対する日本語教育の一環として始まった「やさしい日本語」の有効性は、外国人にとどまらず、子ども、障害者や高齢者など広く当てはまる。本章1.で述べた減災のための「やさしい日本語」にも共通していえることで、2つの「やさしい日本語」を知った自治体職員や支援団体等の支援者がこのことを現場で感じ取り、応用していったと考えられる。さらに、庵教授らの研究の中では、ろう児も含めた言語的少数者を対象と考えるように深化している。 また、前述した減災のための「やさしい日本語」は、防災・減災分野における取組であったにもかかわらずそこに留まらない広がりをみせているが、庵教授らの取組は、さらに、広く平時の日常生活に関わる公文書の書き換えを対象としている点でより高い汎用性を目指している。 A分量制限 わかりやすい情報発信を行う上で、課題となるのが情報量の絞り込みである。このことの重要性は、減災のための「やさしい日本語」でも、庵教授らの取組の中でも指摘されている。 しかし、発信側は、どの情報も必要だ(と感じている)から載せているのであって、どのように絞っていくのか、その作業は難しい。 一つのヒントとして提示されたことであるが、庵教授らの研究によると、職員向け研修を通じて最も効果を発揮したのは、A4判 1枚に収まるように制約する方法であったという。 B発信側には、本当に伝えたいことと、相手にとって重要なことを考える力が問われる わかりやすい日本語で情報発信するよう努めることによって、その文書を作成する側は自らの日本語を見直すことになる。同様に、情報をわかりやすく伝えようと努めることには、その情報の内容を見直し、情報の核を明確にすることが求められる。 情報の重要度、優先度を判断するには、職員自身の業務内容への深い理解が必要である。それと同時に、相手の立場に立って本当に重要な情報は何かを考える力も問われる。 C「やさしい日本語」書き換えシステム 一橋大学庵教授と横浜市が協働して研究を進めている「やさしい日本語」への書き換えシステムは、2017(平成 29)年度中の運用開始を予定している。このシステムは各自治体が共有できるものとして公開される予定である。 コラム 担当者の気付き【わかりやすさの基本は誰でも同じ】 この調査研究のきっかけは、「やさしい日本語」を知ったことです。 「やさしい日本語」は、もとは外国人にもわかりやすい言葉で情報を伝えるためのもの。でも、その勘どころとしては、次のようなものがありました。 .最も伝えたい情報に絞り、それをはじめに書く .一文には一つの内容だけ .文を短くする .箇条書きや付番 これは、誰に対してでも共通するのではありませんか? 「やさしい日本語」は、外国人のためのものとして出発しましたが、多くの人がこの応用の可能性に気づき、多くの自治体や民間団体に広がっています。 (このコラム終わり) コラム ≪NHKによる「やさしい日本語ニュース NEWS WEB EASY」≫ NHKは、人にやさしい放送やサービスを目標に、2013年5月から「NEWS WEBEASY」を公開している【図表3−19】。これは、小・中学生や日本に住む外国人を対象にニュースをわかりやすい言葉で伝えるものである。 作成方針としては、旧日本語能力試験3から4級レベルの単語と文法表現を使用する。掲載記事の選定後、記者と日本語教師が共同でやさしい日本語原稿を作成し、さらに原稿作成部局がその確認を行っている。漢字には全部ふりがなを、 難しい言葉には辞書の説明をつけているほか、音声で聞くこともできる。また元となったニュースにもリンクさせており、読み比べることもできるようになっている。 図表3−19 NHK「NEWS WEBEASY」 <画像:ホームページ画面> 出典:NHKホームページ <http://www3.nhk.or.jp/news/easy/>2017年1月11日確認 (この図表、出典終わり) (このコラム終わり) コラム≪東京日本語ボランティア・ネットワーク 「わかる日本語」≫ 東京日本語ボランティア・ネットワークは、各地域で行われている日本語教室を担うボランティアのネットワークである。外国人への情報提供として日本語教室の紹介、「ボランティア日本語教室ガイド」の作成などをボランティアの手により行っている。 2010年9月に日本語の学習者と支援ボランティアの双方にアンケートを実施したところ、85%が「情報はわかりやすい日本語で書いてほしい」という回答が得られた。このことから、東京日本語ボランティア・ネットワークでは、わかりやすく簡素な情報を提供すべく、「わかる日本語研究会」を発足させ、書き換えの手引きを作成した【図表3−20】。行政や公共施設から出される日本語でのお知らせ・情報をわかりやすく書き換える手法を提供し、講座等の開催依頼に協力している。 図表3−20 「わかる日本語」作成のための手引き <画像:手引きから「リライトのポイント」のページ> 出典:東京日本語ボランティア・ネットワークホームページ <http://www.tnvn.jp/information/pdf/wakaru_nihongo_tebiki.pdf>2017年1月16日確認 (この図表、出典終わり) (このコラム終わり) 3.情報のユニバーサルデザイン (1)取組の背景 ユニバーサルデザインとは、文化や言語、国籍の違い、あるいは老若男女などの差異等を問わずに利用することができる施設・製品・情報のデザインや設計思想をいう。身の回りの製品や公共施設等まちづくりの分野では、ユニバーサルデザインの7原則【図表3−21】にもとづき、様々な実績を重ね広く普及してきている一方で、情報コミュニケーションの分野では、未だ明確な基準がない状況のままである。 情報コミュニケーションの分野におけるユニバーサルデザインの理念が、身体条件等に左右されることなく誰もが情報をやりとりする権利があるというものだとすれば、あらゆる方法を使ってすべての人に情報のやりとりを保障していくことが、その理念の実践だといえる。 情報発信においては、情報の受け手の誰もが最も受け取りやすく理解しやすい形で発信することが理想であり、その理想に近づけていくことが求められている。 図表3−21 ユニバーサルデザインの 7原則 原則1:公平な利用 どのようなグループに属する利用者にとっても有益であり、購入可能であるようにデザインする。 原則2:利用における柔軟性 幅広い人たちの好みや能力に有効であるようデザインする。 原則3:単純で直感的な利用 理解が容易であり、利用者の経験や、知識、言語力、集中の程度などに依存しないようデザインする。 原則4:わかりやすい情報周囲の状況あるいは利用者の感覚能力に関係なく利用者に必要な情報が効果的に伝わるようデザインする。 原則5:間違いに対する寛大さ 危険な状態や予期あるいは意図しない操作による不都合な結果は、最小限におさえるようデザインする。 原則6:身体的負担は少なく 能率的で快適であり、そして疲れないようにデザインする。 原則7:接近や利用に際する大きさと広さ 利用者の体の大きさや、姿勢、移動能力にかかわらず、近寄ったり、手が届いたり、手作業したりすることが出来る適切な大きさと広さを提供する。 出典:独立行政法人国立特殊教育総合研究所ホームページ <http://www.nise.go.jp/research/kogaku/hiro/uni_design/uni_design.html> 2017年1月17日確認 (この図表、出典終わり) (2)一般社団法人ユニバーサルコミュニケーションデザイン協会の取組 一般社団法人ユニバーサルコミュニケーションデザイン協会(以下、UCDA)は、企業・団体が生活者に提供する情報コミュニケーションの問題点を発見し「見やすく、わかりやすく、伝わりやすく」改善すること、情報コミュニケーションにおける「わかりやすさの基準」を確立すること等をミッションとしている。基準作成等の研究や、わかりやすい文書への認証制度、人材育成のための資格認定制度等の活動を行っている。 従来あいまいであったわかりやすさの基準を作るために、UCDAではわかりにくさの要因を特定し、定量化により測定可能なかたちにしている。これが以下に示すDC9ヒューリスティック評価法である【図表3−22】。「なんとなく読みにくい」、「わかりにくい」と感じる帳票類がもつ問題点を発見するツール、測る尺度として、評価手法を開発した。各項目について問題点を4段階で可視化することにより改善に結びつけている。 図表3−22 DC9ヒューリスティック評価法(ver.3) @情報量:情報量として適正か、許容量を超えていないか Aタスク:ユーザーに要求される行動がわかりやすいか Bテキスト(文意):文意のハードルがないか Cレイアウト:認知の導線が自然に設計されているか Dタイポグラフィ(文字):文字の読みやすさ、可読性への配慮があるか E色彩設計:多様な色覚のユーザーへの配慮があるか Fマーク・図表:既知性に基づく図形化がされているか G記入欄:記入する際の書き込みやすさが保たれているか H使用上の問題:情報の利用上の阻害要因がないか 出典:一般社団法人ユニバーサルコミュニケーションデザイン協会ホームページ <https://ucda.jp/solutions/dc9/koumoku.html>2017年1月16日確認 (この図表、出典終わり) また、この基準等を活かし、第三者機関として文書の「わかりやすさ」の認証を行っている。この UCDA認証制度は、デザインの「見やすさ」と、ユーザーの理解度まで含めて検証した「伝わりやすさ」の二つのレベルを認証するものである。前者は UCDA認定評価員と UCDA理事による審査会で、後者は生活者を加えた UCDA認証委員会により審査される。ユーザーにとって見やすく配慮された対象物には「見やすいデザイン」マークを、ユーザーにおける情報の利用品質が認められた対象物には「伝わるデザイン」マークを、それぞれ発行し、認証マークは対象物に表示することができる【図表3-23】。 この認証を受けた一例に、東京都発行の『東京防災』(2015(平成27)年9月)(注10)がある。 また、全国の市町村でも、納税通知書や健診のお知らせ、住民票等申請書類等で認証を受けた例がある。 注10 『東京防災』作成に際しては、ユニバーサルデザインに関する認証取得が仕様に定められていた。その内容は、UCDAおよび特定非営利活動法人カラーコミュニケーションデザイン機構の両機関の認証であった。 (注終わり) さらにユニバーサルコミュニケーションデザインの考え方を広めるため、ホームページやセミナー、イベント、メディアを通じての情報発信を行っている。そのひとつが UCDAアワードである【図表3−24】。UCDAアワードは、企業(団体)・行政が生活者に発信するさまざまな情報媒体を、産業・学術・生活者の知見により開発した尺度を使用して「第三者」が客観的に評価し、優れたコミュニケーションデザインを表彰するものである。2016年は自治体分野では「介護保険料決定通知一式部門」がテーマとなり、「アワード」には福岡市、「情報のわかりやすさ賞」には高松市が、それぞれ選ばれた。 図表3−23 UCDA認証のレベルと認証マーク <画像:認証マーク> 出典:一般社団法人ユニバーサルコミュニケーションデザイン協会ホームページ<https://ucda.jp/ninsho_mokuteki/ninsyo_level.html> 2017年2月24日確認 (この図表、出典終わり) 図表3−24 UCDAアワード等受賞結果 <2014年から2016年の、テーマ、賞の種類、受賞自治体の表> 出典:一般社団法人ユニバーサルコミュニケーションデザイン協会ホームページから作成<https://ucda.jp/awards/>2017年2月24日確認 (この図表、出典終わり) (3)自治体の取組 @香川県高松市 高松市では文書作成にあたって、マニュアルに基づき文字の種類や大きさ、行間、色についてもユニバーサルデザインの考え方を反映している。 これらの取組の結果、前述の UCDAアワード(2015年)において、健康福祉総務課の臨時福祉給付金の申請書【図表3−25】が、「情報のわかりやすさ賞」を受賞した。受賞においては、記入する順番が見やすい、色遣いがわかりやすいといった点が評価された。 この申請書は、対象者が多く、添付書類も必要なので、申請に不備があると事務処理に負担がかかると予測されたため、わかりやすい書類とするための検討が行われた。書式の作成に際しては、この通知を受け取る人には(独居)高齢者が多いことを想定し、その人たちが一人でも申請しやすいようにすべきと考えた。そして、職員の家族等にも協力を得て実際に記入してもらい、意見を取り入れるなどの工夫も行ったという。この結果、申請率は全国でも上位となった。 一方、市民課では、職員提案による業務改善の一環として、窓口業務書類の見直しに取り組んだ。住民票の写し交付申請書、印鑑登録証明交付申請書、戸籍等交付申請書等、以前はそれぞれA5判サイズで文字も小さくデザインもバラバラであったため、記入漏れや見落としが頻発していた。そこで、若手職員中心のプロジェクトチームで検討して各書式をまとめた統一様式のレイアウト案を作成し、ユニバーサルデザインを得意とする印刷会社の意見も取り入れながら新たな申請書を作成した。これは、201 3年に UCDA認証を取得している【図表3−26、図表3−27】。この変更により、書きにくさに起因する質問が減ったという効果があった。 図表3−25高松市の臨時福祉給付金申請書(現物はA3判) <画像:帳票> (この図表終わり) 図表3−26 高松市の住民票の写し等交付請求書(旧) <画像:帳票> (この図表終わり) 図表3−27 高松市の住民票の写し等交付請求書・印鑑登録証明書交付申請書(新) <画像:帳票> (この図表終わり) 画像提供:3点とも高松市 A栃木県宇都宮市 宇都宮市は、保健福祉総務課が中心となり、「ユニバーサルデザイン文書マニュアル」を作成している【図表3−28】。市では以前から、公文書作成にあたってのマニュアル「心配りのある文書づくり」があり、全職員がその考え方の研修を受けてきていた。それをさらに、ユニバーサルデザインの観点から補完したものとなっている。 本マニュアルは、「第2次宇都宮市やさしさをはぐくむ福祉のまちづくり推進計画」におけるリーディングプロジェクトの一つ、「こころのユニバーサルデザイン推進運動」の一環として作成した。推進計画策定時の「人づくり検討部会」が母体となり、中でもその部会の作業班が中心となってマニュアル案作成に取り組んだものである。福祉のまちづくりの観点から作成しておりすべての人にやさしいデザインを目指すものであるため、外国人対応等、必要に応じて国際交流プラザ等の参加も得て検討した。 具体的な内容は、配慮した文字の使い方(大きさや字体など)から始まり、配慮した表現方法(用語、文章、図表など)、色使い、文書以外の情報媒体などにまで及んでいる。また、自己診断用のチェックシートもあり、配慮された内容となっているか、職員一人ひとりが確認できるように工夫されている。 この「ユニバーサルデザイン文書マニュアル」は、前出の「外国人への情報提供ガイドライン」同様、宇都宮市ホームページと職員が日常的に利用するイントラネットに掲示し、全庁研修と併せて周知している。 こうした取組のひとつの成果として、健康増進課が新たにデザインを見直し発行した後期高齢者健康診査受診ハガキは、UCDAアワード(2014年)公的医療保険分野において、「情報の伝わりやすさ賞」を受賞した。受診券を兼ねているためハガキサイズで文字は小さいものの、コンパクトで流れがわかりやすくなっている。特に、ハガキの表面に、市からの健康診査に関するお知らせである旨や、無料で受診できる旨を表記した点が評価された。 図表3−28 宇都宮市のユニバーサルデザイン文書マニュアル抜粋 <画像:〈表紙〉> <画像:〈文書・印刷物チェックシート〉> 出典:宇都宮市ホームページ <http://www.city.utsunomiya.tochigi.jp/shisei/machizukuri/fukushi/index.html> 2017年1月11日確認 (この図表、出典終わり) B大阪府堺市 堺市では平成 27年度市民税・府民税納税通知書で UCDA認証を取得した。 毎年の税制改正、公的年金からの特別徴収制度の開始等、特に高齢者にとって市民税・府民税の制度が大変複雑なものとなっていた。さらに、市民の方からも「納税通知書が見にくい」、「文字が小さい」といった意見もあったことから、多くの職員が改善の必要性を感じていた。そこで、先行して UCDA認証を取得していた高松市の取組を視察し、ユニバーサルデザイン化に取り組んだ。 2015(平成27)年6月に納税通知書を発送した後、1か月間の問い合わせ件数が、前年より約2割(約 800件)減少した。また、納税通知書をフルカラーにした効果で、電話での応対時に「○色のところを見てください。」と説明できて市民にも理解してもらいやすくなり、職員の応対の負担が軽減された。さらに、今まで納税通知書をよく見ていなかったという市民が「見やすくなったので質問したくなった。」といって電話してきた例もあり、納税通知書に関心をもってもらったという喜ばしい効果もあったという。 (4)参考にできること @わかりやすさの基準はつくることができる UCDAは、情報のわかりにくさに着目することで、定量的なわかりやすさの基準づくりを試みている。定性的にとらえがちな“わかりやすさ”というものを定量化することで、客観的な管理を可能にしている。 測定には UCDAが開発した独自のノウハウがあるため、誰もがすぐに取り入れることはできないが、情報伝達を阻害する要素を取り除くことでわかりやすさを実現しようとする基本的な考え方は取り入れることができる。「わかる」・「わからない」には個人差が伴うため、個々人の感性の問題として捉えられがちである。しかし、 UCDAの取組のように、文書をまずは定量的に測定し、わかりやすさの水準を管理するという手法は、それぞれの組織の文書を分析・評価する際に参考になる。 A第三者評価を利用した水準の担保 文書の改善の取組に客観的な視点を取り入れるために、外部の評価を利用することは有益である。そこで UCDAが定める伝わりやすさや見やすさの評価基準による UCDA認証を得ることにより、文書のわかりやすさについて一定水準を担保することが可能になる。 もう一つ、UCDAアワードという方法がある。これは毎年テーマと評価対象物が異なるため、どのような文書でも対象になる訳ではないが、全国の中で評価されれば、当該文書が第三者からの好評価を獲得したことになる。 第三者の客観的な基準による評価を得ることにより、取組の方向性、内容、効果を確認することができることから、積極的に取り入れていく価値がある。 Bデザインの見直しによりわかりやすさを改善できる 行政が発信する情報は、専門用語等の点で、わかりやすくすることに一定の難しさがある。 しかし、配色やレイアウトなどデザインの見直しによっても改善が可能であることは、高松市や堺市の例が示している。堺市の市民税・府民税納税通知書の例が示すように、わかりやすいデザインへの変更により市民が疑問を感じることが減少し、その結果問い合わせも減少するなど、業務効率の向上にも寄与している。 デザインがわかりやすさを高める効果は、問い合わせ件数の減少や業務コストの低減など、測定によって証明されている。デザインの工夫は、文法の見直しや語彙の言い換えなど文章の改善とは違った面から、わかりやすさを向上させることができる。 厳密にいえばデザインは文章の中身にまで踏み込むことはできないが、盛り込むべき情報を整理し情報量を減らす行程は、内容にも影響する。したがって、文章の見直しとデザインの見直しは相互補完的な関係にあるともいえる。このため、デザインに関しては丁寧な検討による効果が期待でき、デザイナーなど外部の専門家の力を借りることも積極的に検討すべきである。 コラム 担当者の気付き【情報の量を減らすことが大事!】 この調査では、情報をわかりやすくするために「何をすると伝わるようになるのか」のヒントになる話を多く集めました。そして、ほとんどの話に共通していたのが、「情報量を減らすこと」でした。文章に着目した取組でも、デザインの観点からも、情報の受け手から見ても、同じことが指摘されました。そして自治体アンケートからも、職員はそのことの有効性をすでに理解していることがわかります。 それでも、実際に文章を削るのは勇気がいります。読み手にはいろいろな人がいる、と思えばさらに、すべての人のあらゆるケースに対応できていなくてはならないと感じてしまいます。 しかし、100%に応えようとしたその結果、ほとんどの人が理解できないようでは逆効果です。問い合わせも増えてしまいます。 「文章の削減」「情報の整理」に努めてきた職員のみなさん、その方法は間違っていないのです。自信を持って削りましょう。 (このコラム終わり) コラム≪全庁的な推進のために担当室を設置(高松市の取組)≫ 高松市は、全庁をあげてユニバーサルデザインに取り組んでいるが、その中核を担っているのが市民政策局政策課内に設置されたユニバーサルデザイン推進室である。 室長は政策課長が兼務するほか、政策課の中の数名が兼務するかたちをとっている。兼務ではあるが、ユニバーサルデザインに関する専門部署が設置されたことで、市としての方針が明確になり、各課も取り組みやすくなっているといえる。 2012(平成24)年4月の推進室設置後、 2013(平成 25)年5月にユニバーサルデザイン基本指針、 2014(平成26)年3月に推進マニュアルを策定した。これに基づき各課での取組がなされるが、各課からのユニバーサルデザインに関する相談は推進室に寄せられる。そのため、情報の集約や取組の統一感が図られることが可能となる。 庁内の推進体制として、市長、副市長、局長等で構成される推進会議を年1回開催している。会議では各局のユニバーサルデザインの取組が一斉に報告・公表され、取組の促進を図っている。各課においては全部署で、課長補佐級職員又は係長職員からなるユニバーサルデザイン推進員を配置している。このユニバーサルデザイン推進員が研修などをもとに各課で取組を進めている。この仕組みにより、各課でユニバーサルデザインについての意識が根付きやすくなり、トップダウンだけでなく、ボトムアップでの取組が進みやすくなっている。 (コラム終わり) 4.多くの取組に共通する要素 第3章では、減災のための「やさしい日本語」と多言語対応の一つとしての「やさしい日本語」、及び情報のユニバーサルデザインについて見てきた。それぞれ生まれた背景や個別の基準は異なるものの、共通点も見られた。主なものを整理すると、次のようになる。 (1)情報の重要度、優先度を判断する 最も重要なこと、優先的に伝えるべきことを選び、文書等の情報を作成していくことが必要である。この判断に際しては、情報発信側にとって重要であること(伝えたいこと)だけでなく、情報の受け手にとっての重要性(知りたいこと)も考えるべきである。優先順位をつけることは、次項の情報量の削減のための判断材料にもなる。 (2)情報量を絞る 情報量の多さは、情報の受け手の負担となるだけでなく、限りある紙面に見やすい大きさの文字で情報を掲載するためにも、情報量を最小限に抑えることが必要である。 そのためには、重要度、優先度の判断により必要性の低い情報を削るほか、注釈や敬語の見直し、内容重複の解消、形式的な記入欄の削除などを検討する。このようにして全体の分量を減らすことにより、最も重要なことを伝わりやすくする。 (3)文を単純にする 一つの文は短い方が伝わりやすい。一文では一つのことのみを述べるようにすると、直ぐに理解できる。二重否定や排他文などは文章が複雑化するため、二重否定は肯定文に、排他文は非排他文に変換すると、文は単純になる。用語や文字の使い方においても、修飾が続く複合語や漢語・カタカナ語の多用を避けるなどの単純化を図る。 (4)情報を受け取る際の視線や思考の流れを考慮し、行動すべきことを明示する 情報を見る際の視線の動きや思考の流れに沿った表記法やデザインは、理解しやすさにつながる。関連情報をまとめて記載する、具体例を挙げる、番号を付けるなどである。 さらに、その情報を受け取った後の行動も想定する。行動を促す場合は、その内容をはっきり示すことが必要である。記入を求める書類の場合は記載箇所の明示、通知文の場合は封書を確実に開封してもらうための工夫等も重要である。 (5)情報の受け手を考える 情報の受け手の立場に立つことが、全ての基本である。相手を想定し、その相手にとり必要な情報、理解しやすい表現や伝わりやすい方法を考えることから、わかりやすさの基準が作られる。この基準は、現場で見直し・改善が行われ続けていることも、特徴である。